さようなら、憂鬱な木曜日

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サラリーマンの投資ログなど

はあちゅうさんの「金を出さない人はファンじゃない」発言にとても悲しくなった

インターネット上で一部に人気のクリエイターはあちゅうさんがTwitter上でした発言が話題になっている。

「お金を使ってくれない人はファンと呼ばない」

クリエイター活動にはお金が必要だから、お金を出さない人はファンではないらしい。このツイートには当然批判も多くあって、リプライ欄はかなり賑わっている。

私はこの発言を聞いてとても悲しくなった。はあちゅうさんのことを“ちょっと良いな”“なんか好きだな”と思っている人たちのことを思うと、胸が痛くなった。

 

この発言までの経緯

冒頭のはあちゅうさんのツイートには背景がある。

『MUSIC VIDEO』などで知られるミュージシャンの岡崎体育さんが開設したファンクラブ「bitfan」の仕組みが、「お金を使えば使うほど優遇されるシステム」だったために炎上した。

「こんな叩かれると思わんかった」 岡崎体育、日本初のファンクラブシステムに批判殺到 SNSで真意を明かす - ねとらぼ

このシステムに対して、「ファンに優劣をつけるな」「お金のない小中学生は置き去りか?」などと批判が相次いだらしい。

この炎上を受けて、岡崎体育さんはTwitter上で謝罪している。

 

岡崎体育さんの炎上があって、「ファンに優劣をつけるのはどうなのか」という議論が巻き起こり、その議論の中でのはあちゅうさんの「お金を出さない人はファンじゃない」という発言に至るわけである。

この発言を聞いた私の率直な感想としては、「クリエイター(と呼ぶべきかどうか…)にあるまじき想像力の貧困さ」である。まったく呆れた。

私はもともとはあちゅうさんのファンでもないし、著作物もまったく読んだことがないが、こんな人の作ったものを今後買ってみよう、という気にはまったくなれない。

 

「ちょっと良いな」と思っているファンを切り捨てた愚かさ

そもそも、世間の人というのは、「ファン」か「ファンじゃないか」に分かれているわけではない。はあちゅうさんの著作や商品をなんでも買う人と、彼女の存在さえ知らない人の二分ではない。

その中間に何層もあって、「けっこう好きだから、気になったものは買う」人や「嫌いだけど、買う」人もいて、さらには「好きだけど本は買わない」人や、「好きだけど、本は気になったら買う」程度の人もいるわけである。

私が心を痛めたのは、「はあちゅうさんの本とかは買ったことがないけれど、発言とか考え方は好き」という人たちのことだ。

はあちゅうさんは、彼女たちのことを「ファンじゃない」と言って切り捨てた。

たとえて言うなら、店先に並べてある商品を「いいな~」と思って見ている最中に、店の奥から店主が出てきて「あんたは客じゃない!帰れ!」と言われるようなものである。

せっかく「いいな~」と思っていて、もしかしたら買うかもしれないのに、店から「帰れ」と言われた。もしかしたら、その日は買わないで帰ったとしても、友達に「あの店いいよ~」と言ってくれたかもしれない。

帰れ!と言われたお客さんの気持ちを考えると悲しくなる。

 

 

潜在層を無視することは、二流以下のすること

そもそも、直接的に結びつく購買行動ではなく、金銭的な消費を伴わない行動でも、クリエイターを経済的に潤すことは可能だ。

例えば、はあちゅうさんのようにメディアに多く出る人であれば、上記のような「潜在的なファン」が多ければ多いほど、企業から仕事の声はかかりやすくなる。

人気があってイメージの良いタレントにCMオファーが来るのと同じである。

「あの人が宣伝してるから、買ってみよう」という人が多ければ多いほど、広告効果は高くなり、次の仕事も舞い込みやすくなる。

ちょっといいな」と思っているいわゆる潜在層を無視することは、一流への道をあきらめた人間がやりがちなことだ

内輪でワイワイやって、自分たちだけで楽しむ。絶対にメジャーにはなれない。

 

 

「お金がないと活動できない」は才能が無いだけ

そもそも、「クリエイターはお金が必要」という主張自体、はっきり言って恥ずかしい理屈である。

当然生活できるだけの資金は必要だが、創作活動においてお金がかかるものは限られているし、それこそ執筆活動なんて、経費がかかってもたかが知れている。

お金をかけないと良いものが作れない」というのは、へそで茶が沸いてしまう。それは、自分には才能がない、と大声で言っているようなものだ。

良い作品を世に送り出していれば、それを認める人から仕事の話が来て、活動費に困るようなことはない。活動費を「ファンからのお布施」に頼る時点でそもそもクリエイターとして終わっている。

自分で良い作品が作れないことを「お金を出さないファン」のせいにして、好意的な感情を持つ人を切り捨てた。何様なんだ、お前は。

一生懸命毎日生活して、余裕のない生活の中で、本は買えないけれど、あなたのTwitterやブログを励みにしている人がいたら、いったいどういう申し開きをするつもりか。それでも、「本を買わないならファンじゃない」と言うつもりか。

 

はあちゅうさんは表現者に向いていない

彼女は続くツイートでこうも言っている。

「お金を出せないのはそちらの問題」

この発言から、自分とファンとの間には大きな壁があって、その壁を上ってきたいのならお金を払いなさい、というはあちゅうの考え方が垣間見える。選民思想であり、「貧乏人に用はない」というメッセージに聞こえる。

 

そもそも、お金でしか自分の価値を確かめられない、というのなら、はあちゅうさんは表現者をやめたほうがいいと思う。

表現者というのは、お金よりも先に「伝えたい想い」「表現したいもの」があって、お金は後からついてくる。はあちゅうさんは、自分の表現力が三流以下なのに、ビジネス的な側面が全面に押し出ているから、いったい何を伝えたいのか、何を表現したいのかわからない。

彼女が本当に「自分がクリエイターである」と思っているのなら、本当のクリエイターにとても失礼だ。本気で表現しようとしている人への愚弄である。

今の考え方のままなら、絶対に別の商売をやったほうがいい。ファンの気持ちを考えられない人に、クリエイターは向いていない

ふるさと納税に批判的な人は、返礼品で地方旅行へ行ってみてほしい|地方活性化のカギ

昨年の春、総務省から各地方自治体に、以下のような通達が出された。

ふるさと納税の返礼品の価格は、寄付額の3割まで抑えるように

いまさら説明するまでもないが、ふるさと納税という制度は、自分で選んだ任意の地方自治体に寄付をする制度であり、所得金額に応じて税金の優遇がある。

寄付のお礼として、その地域の特産品や、名産品を贈る自治体もある。

ふるさと納税を利用する国民のほとんどは、「どこに寄付をするか」よりも「何がもらえるか」によって寄付先を決めているケースが多いだろう。私自身、お礼の品から選んで寄付先を決めている。

当然、豪華な返礼品を用意する自治体に寄付が集まるようになっており、競争原理で地方自治体はより豪華なお礼の品を用意するようになる。

上記の通達はそのお礼の品の高騰化に歯止めをかけるために出されたものだ。

つまり、1万円の寄付に対しては3000円程度の返礼品を上限とするように、各地方自治体に要請した。

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ふるさと納税への批判

ふるさと納税制度には、いくつかの問題点があり、これまでに何度か指摘されていた。

そもそも、ふるさと納税制度というのは、その名から推される通り、今は都会に住んでいても、ふるさとが地方である人のために、自分の意思でふるさとに納税できる制度があってもいいのではないか、というところから生まれた制度だ。

住民税は基本的に住民票のある地方自治体に納税するので、今都会に住んでいる人は、育ててくれたふるさとへの恩返しとしてふるさと納税制度を利用することもできる。

もちろん、創設当初の理念のとおり、自分の生まれ故郷にふるさと納税をしている人もいるだろうが、ほとんどは欲しい返礼品を用意している自治体へ寄付をしている人が大多数なのが現状である。

この現状に対して、「本来の使われ方から逸脱しているではないか!」というのが問題点として指摘されています。

 

転売目的でふるさと納税を利用するケース

ふるさと納税の3割上限通達の契機となった問題がある。

それは、千葉県勝浦市の返礼品である「市内で使える商品券」がネットオークションで多数転売されていたことである。

勝浦市ふるさと納税返礼品 転売相次ぎ批判

この商品券は1万円寄付すると7000円の市内で使える商品券がもらえる返礼品で人気だったが、転売目的で寄付がなされていることに対して批判が殺到し、当時の総務大臣である高市氏が苦言を呈する事態にまでなった。その数か月後に、冒頭の通達が出たというわけだ。

確かに、こういった利用は本来の目的から逸脱している、という指摘もわかる。

しかし、私からすれば、このような不正(と呼ぶべきかどうかはわからないが)に対する取り組みというのは、返礼上限設定よりも、別の方法による抑止策の方が効果的なのではないかとい感じている。

例えば、送付した商品券には住所氏名を記載し、利用時に本人確認をする、などすぐに思いつく。

しかしながら、こういった問題点を取り上げて、「ふるさと納税はけしからん!」と否定する人は、少なくない。

 

旅館・ホテル利用券の破壊力

そこで、ここからが本題なのだが、ふるさと納税を利用したことのない人、特にふるさと納税に懐疑的・批判的な人は、ぜひふるさと納税を利用して、地方に旅行をしてみてほしい

ふるさと納税の返礼品の中には、『「旅館・ホテル」のペア宿泊券1泊2食付き』という類のものがあって、私は数年前からこの宿泊券を何度も利用している。今までにこの宿泊券を利用して、群馬や福島、栃木などに行き、素晴らしい旅をすることができた。

この宿泊券の何がいいかというと、当然「宿泊費がタダ」であることもそうなのだが、「縁もゆかりもない地方へ行くことができる」というのが非常に魅力的なのだ。

ふるさと納税がなければ決して行くことのなかった地方へ行き、その周辺を観光し、その地域を名産を食べ、消費する。これは紛れもなく、地方活性化にもつながっている。

 

商品券・宿泊券は地域活性化のカギになりうる

都心から少し離れると、その閑散とした惨状にあぜんとする。都心一極集中は深刻である。

しかし、テレビのニュースだけでは感じることのできない風景がそこにはある。

「人がいない」ということは、そこで商売や文化が廃れ、消滅していくということだ。そして、この傾向は全国的に広まっている。現地の人がいくら頑張っても、その流れにあらがうことは難しい。

その中で、このふるさと納税による「宿泊券」でその地域へ行き、観光・消費をすることは、地方活性化へつながる第一歩だと、自分で利用してみて心から感じている。

数組の旅行客では何も変わらないかもしれない。しかし、人が行き、消費し、商売が成り立つようになれば、産業が再興し、出て行った人が戻ってきて、さらに人を呼び寄せる。地方交付税交付金で「カネ」をポンッと補助するよりも、より効果的な刺激となるだろうと感じでいる。

今では寂れてしまった地方でも、その旅館のサービスが素晴らしかったり、料理がおいしかったり、非常に有意義な観光をすることができる。

私は今までに行ったふるさと納税の旅行において、すべての地域で「とてもいい街だな」と感じている。本当にもったいない、と思う。もっと、人が来れば、絶対に変わるのにな、と思う。

だからこそ、このふるさと納税で「宿泊券」を返礼品にすることは、本当に素晴らしいことだと思う。地域限定で使える商品券についても、同じことが言える。商品券を利用するためにその地域へ訪れ、観光・消費することは、地域活性化の刺激にならないはずがない。

 

今後、返礼品上限は撤廃の方向へ?

ちなみに、冒頭の通達を出した大臣は、今ではすでに変わり、総務大臣は野田聖子氏に代わっている。

野田大臣は就任後のインタビューで、返礼品に関して「自治体にお任せするのが当然」という見解を示している。

野田聖子総務相、ふるさと納税返礼品「自治体判断に一任」 - 産経ニュース

総務省主導で規制しようとした高市元大臣とは違ったスタンスで、ふるさと納税を考えているようだ。

家電など換金性の高い返礼品については「(寄付者の)転売目的をどうするのかは別次元の問題」としたが、「地方の首長の良識ある判断が第一義。いたずらに(返礼品を)止めることがあってはならない」と指摘した。

野田大臣主導のもとで、いったんは萎みかけたふるさと納税による地域活性化も、再度勢いを増していくかもしれない希望が見える。

 

 

余談になるが、私はつい最近もふるさと納税で、関東近辺のある地域に行って、ペア宿泊券で旅館に泊まった。

とてもきれいな旅館で、2食Wi-Fi付き。なんといっても食事が素晴らしかった。最後にその料理の写真を載せて、本記事の締めとしたい。

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ふるさと納税は以下のサイトからかんたんにお申込みできます。どんな返礼品があるのかのぞいてみてください。