さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

本田圭佑を応援するということの意義について ACミラン戦デビュー戦を控えて思うこと

スポーツ・エンタメ

イタリアの名門クラブACミランに移籍が決まった本田圭佑。彼の周辺はここ数日騒がしい。正式加入後初となるリーグ公式戦の対サッスオーロ戦に、早くもスタメン起用が予想されている。もうすでに私自身も気分が高揚して、応援したい気持ちでいっぱいだ。
スカパーもミラン戦をすべて生中継するらしく、そのCMをメディアでよく見かける。あのCMはなかなか凝っていて好きなのだが、少し気になった部分があった。

 

■私達は本田圭佑と一緒に戦えるわけじゃない
スカパーCM「ミラン希望編」はモノローグでこのように語る。

 

『本田圭佑にとって
 壁 それは、壊すもの
 道 それは、作るもの
 希望 それは信じること 
 それは俺たちにとって世界を変える、君のこと
 君を一人で戦わせる訳にはいかない』
動画URL:スカパー公式サイト)

 

私が気になったのは最後の「君を一人で戦わせる訳にはいかない」である。
この一文は、本田にとって失礼じゃないかと思った。なぜなら、本田圭佑自身が、私達の助けなど必要としていないだろう、ということだ。本田は一人で戦えるし、一人で戦う覚悟を持ってミランに入団しているはずである。
私達が日本からいくらテレビの前で本田圭佑を応援しようとも、本田圭佑と一緒に戦えるわけはない。一緒に戦っている気持ちにはなれても、それは本田にとって何ら関係のないことである。
それに何より、彼はいつだって、高い向上意識を持ち、明確な目標に向かって自分の足でしっかりと踏み込んでいく。そんな本田に対して、「一人で戦わせる訳にはいかない」というのは、やはり失礼だ。

 

■本田圭佑を応援するということの意義について
たまに、海外でプレーするスポーツ選手を応援し、その選手が活躍して喜んでいる人たちを見て「別にあなたが活躍したわけじゃない」などと揶揄する意見を目にする。
確かに、本田圭佑がミランで大活躍したとしても、私達の生活に何か劇的な変化が起こるわけではない。
しかし、私達が彼らを応援するとき、彼らを応援することを通して、結局は自分自身を応援しているのだ。
高い意識を持ち、更なる高みへ登っていこうとする彼らを見て、「自分も頑張ろう」と明日への活力を見出すのである。彼らのプレーを通して、自らを鼓舞し、ポジティブな刺激を受けるのである。
つまり、少なくとも私は、本田圭佑のために応援するのではなくて、自分自身のために応援しているのである。彼のような意識を持った選手が、世界最高峰の舞台で活躍するということは、その姿勢が間違っていないのだということを証明する。つまり、それこそが「希望」である。
付け加えておくと、私は本田圭佑という選手が人間的に大好きだし、好きな選手が大舞台で活躍するのは単純に嬉しい。
私は本田がミランで成功することを確信している。頑張れ!