さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

「どうして私はここまでカラオケが嫌いなのか」 素人の歌をじっと聞いてるほど暇じゃない

生活

社会に出て生活をしていると、カラオケに誘われることがよくある。私はカラオケが嫌いなので、ほとんどの場合断っている。断ると嫌な顔をする人もいるけれど、私はどうしても行きたくないのだ。心の底から行きたくない。
私と同じようにカラオケ嫌いな人は多いと思う。これまでにも私と同人種の人に何度かあったことがある。
それではなぜ、カラオケが好きな人とカラオケが嫌いな人の二種類に分かれるのだろうか。気になったので少し考えてみた。

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■何も生み出さない非生産的な時間が耐えられない

カラオケというのは、好きな人が言うところによると“ストレス発散”の場なのだそうである。思い切り歌って日頃の鬱憤を晴らすらしい。しかし、私は人前で歌うことはストレス発散にならない。むしろ人前で歌うという行為は緊張を伴い、ストレス発生の原因になりうる。そういう人間にとって、あのカラオケという空間はあまりにも非生産的な場所なのである。何が楽しくて素人の歌を座って聞いていなければならないのか。隣の人との会話も、密室内の大音量で阻害される。「歌下手だし…」と言って断ると、「じゃあ歌わなくていいから!」などと言われて誘われたりする。何時間も座って、ただ人の歌を聞いていろと? 恐れ入りますが、そんなに暇じゃないです。

 

■カラオケ嫌いな人は意味のない飲み会も嫌い

カラオケというものが非生産的であると感じる人は、おそらく意味のない飲み会も嫌いだろう。生きていれば、出席しなきゃいけない飲み会のひとつやふたつはある。それは仕方ないと受容しているのだけれど、仕事終わりに「今日一杯やってく?」みたいなノリの飲み会が私は嫌いだ。なぜなら、何を目的としているかわからないから。これもカラオケと同じなのかもしれないが、愚痴の吐き出し大会がストレス発散になる人はそういう飲み会が好きなのかもしれない。しかし、私は愚痴など吐いても不快な気持ちになるだけだし、そんなこと言っている暇があったら不満を解消するために仕事中に何かしら働きかけて解決しようとする。愚痴というものが非生産的行為に思えて仕方ない。

 

■「付き合いが悪い」という台詞は無視していい

カラオケや意味のない飲み会や何が楽しいのかわからないボーリングを断っていると、「付き合いが悪い」と言われるかもしれない。けれども、そんなものは無視して構わない。私と同じように感じている人は、「自分を進化させたり向上させたりすること」が好きな人だろうと考える。断ったおかげで失われずにすんだその時間を有効に使ってほしい。きっと、何年か経った頃には、飲み代で散財した人間と自分に時間と金を投資した人間の間には埋められない差ができているはずである。
自分に与えられた時間は限られているのだから、考え方の違う人間に合わせて浪費などせずに、大事にしてほしい。

※前ブログ投稿記事からの再ポストです