さようなら、憂鬱な木曜日

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

田原総一朗の後継者が居ない ~深刻な日本の大物政治ジャーナリスト問題~

ニュース

先日、TBSラジオを聞いていたら、鳥越俊太郎がゲストで話していた。プロフィール紹介の際にジャーナリストと紹介された鳥越は「私はジャーナリストとは名乗ってないんですよ」と言った。「ジャーナリストって言われて誰か思い浮かびますか?」と鳥越は続けた。
確かに、現代日本において、ジャーナリストは非常に少ないと思う。TVを見ていると、薄っぺらいインスタント食品みたいなコメントを垂れ流すパネラーがやたら“ジャーナリスト”を自称していたりするが、ただの使い勝手の良いコメンテーターがほとんどだ。私は、現状で本来の意味でのジャーナリズムを持った人間は、こと政治界に限っては田原総一朗を置いて他に居ないのではないかと思っている。

 

■田原総一朗の魅力は圧倒的な取材力である

田原総一朗は大枠で見れば政治ジャーナリストに分類されると思うが、それでは、田原総一朗と他の自称ジャーナリストは何が違うのか?それは圧倒的な取材力である。
まず、現在の日本の主要新聞というのは、一面に載る記事が「発表報道」である。自社の取材なんて何もしていない、発表会場に足を運んで発表された内容をまとめるだけの作業である。そんなものはネットニュースで十分だ。
田原総一朗は、田原総一朗にしか出来ない報道をする。それは、直接当事者に聞いた「生の声」を報道するということだ。その政治的人脈を活かして、大物政治家から、報道の裏側にある真相をメディアを通して私達に伝えてくれる。時には、政治家に直接苦言を言ったり、逆にアドバイスをしたりする。そこには常に問題意識がある。それがジャーナリズムというものだ。

 

■大物政治家に意見を求められるジャーナリストたれ

田原総一朗の著書の中でこんな逸話がある。
小泉純一郎が総裁選に出馬しようか迷っていた時のことだ。
============================= 
そこで中川(秀直元官房長官)から「実は今、小泉純一郎が総裁選に出馬するかしないか、非常に悩んでいる。どう思う?」と相談された。(中略)
そこで中川に対し、「もし、小泉さんが経世会(注:自民党を牛耳っていた大派閥)と本気で喧嘩するつもりなら、僕は面白いと思う」と伝えた。(中略)
中川が「小泉の目の前で言ってくれ」と言うので、次のような問答を小泉と交わした。
「小泉さん、あなたは経世会と喧嘩する気があるんですか?」
「ある」
「本気ですか?」
「本気です?」
「本気でやるなら支持するが、構造改革をやると血がでる。それでもやるんですか?」
「やる。命懸けでやる」
「わかりました。それなら、支持します」
小泉が「本気だ」と言うので、私は小泉候補を支持すると中川に約束した。
(引用「
人を惹きつける新しいリーダーの条件」著:田原総一朗)  

 =============================

中川元官房長官は、田原の意見が政治界にも影響すると考えての相談だったのだろう。今のマスコミ業界で、意見を求められる人材が田原総一朗以外にいるだろうか?

 

 ■田原総一朗の後継者は出てこないのか

田原さんも現在80歳である。正直、あと10年第一線で活躍しろというのは厳しいと思う。もし、田原総一朗がメディアから姿を消したら、私は非常に困る。「生の声」を報道してくれるジャーナリストが居なくなってしまうからだ。
朝まで生テレビを見ていると、田原総一朗の「聞く力」は本当にすごいと思う。阿川佐和子なんか、あんなのは聞く力じゃない。田原総一朗の聞き方が本当の「聞く力」だと思う。自分が納得するまで絶対にぶれない鬼気迫る姿勢。そして一向に衰えない好奇心。
今、報道に関わっている人に言いたいのは、「生の声」を聞いて、それを伝えてほしい、ということだ。それは、発表される内容じゃなくて、個人的に会って聞いて欲しい。それができるような力をつけてほしい。素人が何を言っているのだと言われそうだが、仕方ない。単純に、報道される側として、そういう伝え方をしてくれる人が必要なのだ。

余談だが、ホリエモンがそういう位置につけば、かなり面白いと思っている。

人の心を掴む極意

人の心を掴む極意

 

 

関連記事

blogos.com