さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

批判されて記事を消すくらいならブログなんかやめた方が良い

ブログ

ここ最近、はてなでホットエントリーしていた記事のコメントが荒れて、しばらくするとその記事が削除される、というケースが数回あった。少なくとも、私の認知できる範囲では2件あった。ここ最近だけでこんなに起きているのだから、これまでにも同様のことはあったのだろう。正直、その記事が削除された時、私は「え?」と思った。ちょっと理解できなかった。記事を削除するなら、どうしてその記事をエントリーしたのか。

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■ネットの世界で言いたいことを言わないでどうする

ブログというかたちで全世界に自己表現している以上、批判を受ける可能性がゼロということは決して無い。むしろ、ほとんどが匿名の世界であるからこそ、インターネットでは批判を受ける可能性は高い。だからこそ、ブログをやっていくなら、批判は受ける覚悟を持っていないと駄目なのである。
「もしかしたらこれって批判されるかも…」と思いながら、角を削り落として書いた記事なんて面白く無い。エッジをがんがんに効かせて、検閲なしでアップするくらいの気持ちで良い。
現実世界とひとつ壁が隔てられた世界だからこそ、言いたいことを言わないでどうする。それが法に触れたり、倫理に大きく背かないかぎり、自分の考えをストレートに伝えるべきである。

 

■批判だって反応の一つである

記事を書いたなら、批判であっても喜ばなければならない。なぜなら、批判というのは、少なくとも反応のひとつだからである。ブログをやっている人間にとって、読まれないことが何よりも悲しい。好きの反対は嫌いではなく無関心であるように、批判されているということは、その人が自分が提起したテーマについて、興味を持ってくれているということだ。それはとてもありがたいことなのだ。(別の方向で批判を受ける場合もあるが、それも受け止めるべき。スタートラインは自分の書いた記事なのだ)
どんなに素晴らしい意見であっても、共感と賞賛のみの反応が寄せられることなんて滅多に無い。それは、ブログだけじゃなくて、世間一般でもそういうシステムになっている。全てが賞賛なんてむしろ気持ち悪い。共産主義じゃないんだから。

 

■批判されて記事を消すくらいならブログなんかやめたほうがいい

もし、批判されたときに、ひどく傷ついてしまうような性格ならば、ブログはやめた方が良い。もっと適切な表現の場所があるはずだ。ここはそんなに甘い場所ではない。やるかやられるか。真剣勝負の場である。だからこそ、リングに立ってファイティングポーズを取れない人間は、出て行ったほうが良い。もし何かを発信したいなら、それだけのリスクは負うべきだ。
もしあなたが、この行為に心あたりがあるならば、これは決して批判ではなく、激励の言葉と受け取って欲しい。あなたが記事を消さなければいけないほどのダメージを受けたことを知っているからだ。しかし、インターネットの怖さと、そして素晴らしさをきちんと理解して欲しいと、心からそう思う。

それとも、この意見は、批判を受けすぎて感情のゴムが伸びきってしまった悲しい男の戯言なのだろうか。