さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

「おっさんの馬鹿でかいくしゃみは明らかな迷惑行為」 なぜただのくしゃみにあそこまで不快感を覚えるのか?

生活

平和に流れる時間の中で過ごしていると、ふいに近くでとてつもない爆発音が聞こえる。びっくりして音の方向を見ると、小太りのおっさんが「あ~」とか言いながら鼻を拭っている。こんな場面に遭遇したことはないだろうか。私は何度もある。そしてその度に、非常に大きな怒りを覚えるのだ。

購読している土屋さんのブログでも、この件について言及されていた。やはり、おっさんのくしゃみについて、何かしら思うところある人は少なくないのだろう。

この記事は「なぜうるさいのか?」というテーマについてのエントリーだが、ブックマークコメントでは、その理由について「羞恥心が減ってきている」「他人への迷惑より自己の快楽を優先」「筋力の衰え」などが挙がっていた。
私は、「なぜうるさいのか?」と同時に、「なぜあそこまで不快感を覚えるのか」に主眼を置いてみたい。

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■自己顕示の押し売り
どうしておっさんのくしゃみはこんなにも苛つくのか?それは、求めてもいない自己顕示の押し売りだからである。
おっさんのくしゃみは破裂音とともに、なぜかその前後で馬鹿でかい大声を共に発する。それは、家でも会社でもちやほやされないおっさんの「俺もここにいるんじゃあ!」という自己顕示のあらわれに他ならない。くしゃみという生理的現象を利用して、公共の場で他人が大勢いる状況の中、恥ずかしげもなくおっさんが行う自己顕示、それがあの馬鹿みたいなくしゃみなのだ。

 

■周囲への迷惑を顧みないその無神経さが気に障る
おっさんはおそらく、そのくしゃみに対して何の罪悪感も感じていない。「くしゃみなんだから仕方ないだろ」と思っている。多くのおっさんは、そのくしゃみが自己顕示のあらわれだとは気づいていない。知らず知らずのうちにストレスが精神に蓄積するように、おっさんは自分の存在価値の低迷にうすうす気づいてはいるが、明確な認識はない。だから、腹が立つのだ。無神経さは人をいらだたせる

 

■どうしてみんなもっとこの行為に対して厳しく接しないのか
馬鹿みたいなおっさんくしゃみが起きた後も、周囲の人は何事もなかったかのようにそれぞれの思考に戻る。たまにおっさんに対して敵意と軽蔑のこもった視線を投げかける人はいるが、それでもごく少数だ。みんなもっとこの行為に対して厳しくなるべきだ。これは紛れもなく迷惑行為である。そして、おっさんどもにこの行為が迷惑行為であることを広く知らしめなければならない
何もしなければ、この迷惑行為が単なる生理現象として見過ごされ、無神経な人間どもによって、私たちの平和な日常が壊されてしまうことを阻止できないのだ。

 

■どうしてところかまわず痰を吐くのか
ついでだから言わしてもらうけれど、おっさんはどこでも痰を吐く。傍から見ていると本当に不快である。おっさんは、みんなが歩いている道路で吐き、さらには公共トイレの小便器でも吐く。「かーっ(←この部分が最高に不愉快)ぺっ!!」と、まるでそれが社会的に認められている行為であるかのように、当然に吐く。便器に吐くのって、見ていてすごく不潔というか…平気な神経が理解できない。 
せめて隔離された喫煙所とかで吐いてください。私の見えないところで吐いてください。