さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

レンタルビデオ屋でバイトしてたら襲撃された話

生活 エッセイ

今から10年くらい前の話。学生時代、レンタルビデオ屋さんでアルバイトをしていた。

レンタルビデオ屋と言っても、TSUTAYAとかGEOとか大きなチェーンではなくて、個人経営の小さな店だ。10年前でもすでにTSUTAYAはその地位を確固たるものにしていたが、山手線沿線の駅前にあるその店は、基本的にガラガラだったけれど、なんとか経営を続けていけるぐらいにはお客さんが入っていた。

個人経営のレンタルビデオ店というのは、大人向けビデオの割合が多い。
TSUTAYAの品揃えにおけるその対比が49:1ぐらいだとすれば、個人経営のお店は7:3ぐらいの割合でラインナップが揃っている。お客さんもそれを借りて行く男性客が多かったが、邦画や洋画、アニメ、時代劇、人気作、最新作まで、基本的にTSUTAYAと変わらないようなものを入荷し、陳列していたので、女性や学生のお客さんもたくさん来た。

小さなお店だった。おそらく、50平米ぐらいしかなかったと思う。だから、店番は一人でやっていた。
お店は朝11時から開店し、深夜1時まで。私は、大学の授業が終わったあと、18時から閉店までのシフトで週2~3回勤務していた。

個人経営なだけあって、とてもゆるかった。
具体的に言うと、お客さんが居ない時は、カウンターの下にある、チェック用のテレビモニターで、商品棚にある映画を勝手に取ってきて、そのモニターで映画鑑賞をしながらお客さんを待っていた。
1日7時間の勤務の間に、だいたい2本は見ることができた。そのバイトは1年半くらいやっていたから、名作と言われる映画はほとんど見た。
ウディ・アレン、クエンティン・タランティーノ、マーティン・スコセッシ、デヴィッド・フィンチャー、ティム・バートン、コーエン兄弟…もちろん、スピルバーグ、ジョージ・ルーカスまで挙げたらキリがない。
面白かった映画は自分でレンタルして、家でゆっくり観た(旧作は無料で借りれた)。まさに映画漬けの日々だった。

仕事は楽しかった。大人向けビデオの常連さんと、言葉は交わさずともそのチョイスで心が通じあったり、かわいいOLにオススメの映画を聞かれたり、毎週新作映画を借りに来るおじいさんと仲良くなったり。今思い出しても楽しい、というか楽だった思い出しか無い。

 

事件が起きたのは、確か初夏だった。
私はいつものように、昼番の人から引き継ぎを終えて、一人でゆっくり映画を観ながら店番をしていた。店番をして1時間ぐらい経った頃だろうか。ほとんど鳴らないカウンターの電話が鳴った。受話器を取ると、ただならぬ気配と殺気立った声が飛び出してきた。

おい!てめえ、よくもやってくれたなあ!今からそっち行ってやっかんな!覚悟してろよ、ぶっ殺してやるからな!(ガチャ)

「…」

30秒くらい「(な、なにを言ってるのかわからねーが…)」状態になっが、とにかくやばいということだけは、本能的に感じた。話し方が、完全にイってる人の話し方だった。とりあえず、何が起きているのかはわからないけれど、そいつがこっちへ向かってきて私に危害を加えようとしていることは確かだった。

まず、私は店長へ連絡した。

「あ、あ、あの、今、なんか変な電話がかかってきて、こっちに向かってぶっ殺すと言っています

多分、店長も「(なにいってだこいつ…)」だったと思うが、私の雰囲気を察知して、「わかった。すぐそっちに行く。警察には私から連絡するから」と言って、電話を切った。

それから、私はどんな気持ちで過ごしたのか覚えていない。お客さんが来て貸出をしていたりしたのかさえ覚えていない。とにかく、身の危険を感じていたことは確かだった。
最近、私は誰かの恨みを買うような事をしただろうか。毎日、映画を観て静かに暮らしている大学生だった。恨みを買うような心当たりはない。そもそも、電話が掛かって来たのは、お店の電話だった。ということは、お店に対する恨みだろうか。そんな思考が頭のなかでぐるぐる回っていた。

ついに奴はやってきた。奴がお店に入ってきた瞬間に、そいつだとわかった。殺気が違う。殺しに来てる。30代くらいの男で、ガタイがやけに良い。
イメージとしては、こんな感じを想像してもらえればだいたい合ってると思う。

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こういう感じの男が、罵声を発しながら入ってきたのだ。恐怖である。幸い、凶器は持っていなかったが、拳は強く握りしめられていた。そして、奴は大声でこう叫んだ。

てめえ絶対ゆるさねえからなあああああ!うちの母ちゃん馬鹿だから、延滞料払っちまったじゃねええかよおおおおおお!!何してくれてんだよ!ぶっ殺す!!

なるほど。この怒号の中に含まれる情報で、状況を理解した。

レンタルビデオ屋というのは、当然レンタル期限を決めて商品を貸す。
それは1泊だったり2泊だったり、最大で1週間だ。もちろん、中には返却期限に間に合わずに返してくる客もいる。遅れて返却した場合には、当然そのペナルティとして延滞金を払ってもらう。1日あたり数百円だったと思う。1日や2日過ぎての返却なら延滞金はかわいいものだが、1週間や1ヶ月返さないお客さんもザラに居る。
お店が開いている時に返却に来た場合はその場で払ってもらうのだが、ビデオ屋には返却ポストというものがあって、お店が閉まっているときはそこにビデオを入れて返却することができる。その返却ポストに返却期限を過ぎたビデオを投げ入れていくお客さんがいるのだ。そういうお客さんには、データを保存しておいて、次回来店時にその延滞料を払ってもらう。
しかし、そのお客さんがずっと来店しなかったら?
その場合、まず登録されている電話番号に電話を掛けて、「この前返却された商品が返却期限を過ぎていたので、延滞金を払いに来てください」というメッセージを伝える。大抵のお客さんは電話に出ない。留守番電話にメッセージを残せればいい方で、コールが鳴っているのにガチャ切りされることもしばしばある。そうすると、連絡のつかないお客さんは、ずっと延滞金を払ってもらえないことになる。
次のステップとしては、登録されている住所に延滞料と振込先を書いたハガキを送ることになる。督促状だ。この作業は店長がやっていたが、たまにそのリストを見せてもらうと驚愕した。延滞料が100万円を超えているお客さんが何十人もいるのだ。そして、未だに返却していないお客さんもちらほら…こんなの本当に払えるのか…と思いながらそのリストを見ていた覚えがある。

説明が長くなった。襲撃の話に戻ろう。

つまり、この襲撃してきた男は、延滞していた客で、家に届いた督促状を彼の母親が見つけ、払ってしまったのだろう。これだけ激昂しているということは、おそらく数千円や数万円の話じゃない。少なくとも、数十万円は払ったとみられる。真面目なお母さんで、息子がしでかしてしまったペナルティを恥じ、これはいけないと思い支払ったに違いない。

それを聞いた息子は激昂した。いや、延滞したのお前だろ、と言いたいのだが、頭に血がのぼる気持ちもわかる。たかがレンタルビデオの延滞金に、セルビデオを何本も買える金額を支払ったのだ。そして、あの電話に繋がるわけだ。

しかし、私には何の罪もない。私は、カウンターに立って、ビデオを貸して、返却されたビデオやDVDを棚に戻して、暇になったらワイパーで商品の埃を取ったりしていただけだ。返却期限を過ぎたのはその男だし、督促状を出したのは店長だし、払ってしまったのは彼のお母さんだ。なぜ私がぶっ殺されなければいけない?

とにかく、彼は私につかみかかろうとしてきている。これはまずい。

しかし、幸運だったのは、お店の貸出カウンターというのは、割と面積が広くて、カウンターごしには殴れないくらいの距離があった。だから、私はなるべく襲いかかる男から距離を取るために、カウンターごしに素早い身のこなしで襲撃から見を守っていた。店内の状況を図示するとこんな感じだ。

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その間も男の罵声は店内に轟く。

てめえ絶対許さねえ!てめえの女、むちゃくちゃにしてっやっかんな!絶対に許さねえ!

その間も私と男の間合いの取り合いは続く。けっこう長い間やっていたと思う。5分ぐらい経った頃だろうか、店長が警察を連れてやってきた。警察を見た瞬間、男は少し冷静になって、私を襲撃するのをあきらめた。そして、おまわりさんに連れられて、すごすごと交番へ行ってしまった。店長は、青ざめた表情の私を見て、「すまんな、大変だったな」と言って、一緒に交番へ行ってしまった。

とにかく、命が助かってよかった。あの店のカウンターがあんなに大きくなかったら、私は確実に殴られていただろうと思う。無傷で良かった。

ちなみにその私が働いていたお店は、私が辞めた半年後ぐらいに店長が病気で倒れて、そのままお店を畳んでしまったらしい。今となっては楽しい思い出である。