さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

「雑記じゃなくて、エッセイと呼ぼう」/おすすめのエッセイスト穂村弘など

ブログ

いろんな個人ブログを徘徊していると、「雑記ブログはSEOに弱い」などと言って色々なジャンルのことを書く自己のブログを卑下している文章に出会うことがある。

雑記ブログはダメで、専門ブログは良い、みたいな風潮があるように感じる。

しかし、私は、「個人ブログがいろいろなことを書いて、何が悪いのか?」と思っている。雑記ブログ、良いじゃないか。むしろ、個人ブログの根源なんて言うものは、個人の日記であり、それは雑記である雑文であり雑感なのだ。雑記ブログこそ、個人ブログの王道だ

そもそも、私は“雑記”という言い方が、あまり好きじゃない。誰が使い出したのかわからないけれど、昔はそんなことは言ってなかった。みんな好きなことを書いていたけど、雑記なんて言い方はしなかった。雑記というと、なんだかゴミゴミした感じがして、少し品がない。

雑記じゃなくて、エッセイではどうだろう。一気に品が増す。それじゃあ、エッセイとは何なのか。定義を確認してみる。

エッセイ
1.自由な形式で、気軽に自分の意見などを述べた散文。随筆。随想。

雑記ブログと自称している人たちのブログは、ほぼエッセイと呼べるのではないだろうか。エッセイブログだと、ちょっと気取っているかな?

しかし、私はこういうなんでもないような文章を書くときには、“エッセイ”を書いていると思っている。軽く読めて、ちょっとしたトピックのある文章。書くのも読むのも好きだ。

そして、もう少し重い文章は、コラムだと捉えている。正確な意味は違うだろうけど、エッセイよりも少し重厚で、形式張った文章は、私の中でコラムだ。関係ないけど、難しい本にちょっと挟まれるコラムを読むのが異常に好きだ。

私はもう少し、エッセイを増やしていきたい。書くのが疲れる文章は、読むのも疲れる。もっとポップでふわっとした文章が理想なんだけど、なかなか書く機会がない。

ここで終わっても味気ないので、私の好きなエッセイストを紹介したい。

穂村弘

歌人として有名な穂村弘。私は現存するエッセイストで最も好きだ。彼のエッセイは、圧倒的すぎる自意識が、素晴らしい表現で文章に変換されていて、読んでいて笑いが止まらない。デビューした時はまだ会社に勤める総務課長で、親近感もある。アラフォーのおじさんが恋に悩んだり、回転寿司の週に2回行ったり、わかるようなわからないような絶妙の感覚。才能の塊である。

穂村弘を紹介して、短歌を紹介しないのは失礼だ。私は、どちらかというと、エッセイスト穂村弘よりも、歌人穂村弘の方が好きだ。短歌というのは、馴染みのない人はとっつきにくいかもしれないが、穂村弘の短歌は、門外漢の人間をも惹きつける。圧倒的な才能は、ジャンル外の人間をも虜にするのだ。是非一度、触れてみてほしい。

私の好きな歌三首。

ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は

喧嘩喧嘩セックス喧嘩それだけど好きだったんだこのボロい椅子

終バスにふたりは眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて

 

 

若林正恭(オードリー)

私はオードリーがM-1グランプリで準優勝する前、つまり全然売れずにくすぶっている時からずっと応援していて、M-1グランプリの敗者復活戦から勝ち上がってやっと彼らが陽の目を見た時、涙が止まらなかった。今でも大好きなコンビだ。

彼らがくすぶっていた時、特に若林の方は、根っからの割とクズで、彼がほぼ毎日更新していたブログ「どろだんご日記(今は削除済み)」は、とても面白かった。売れない若手芸人の日常や思考が、リアルに映しだされていた。その頃から若林氏には文才はあったのだが、売れた後出したエッセイ集を読んで、やっぱり面白かった。その時の自分が書いた書評に「現存する日本人エッセイストで穂村弘に次ぐ」とまで書いてあった。鬱屈した人間性が面白い。

村上春樹

エッセイで村上春樹?と思うかもしれない。しかし、村上春樹はエッセイが面白いのである。小説家としてはもう説明不要だろう。今更紹介するのも野暮だ。エッセイスト村上春樹の文章は、いい感じに力が抜けていて、休日の遅めの朝に読むのがぴったりのポップさがある。何も考えていないように見えて、そこにはやはりある種のメタファーが…とかそんな難しいことは考えずに読める。日常生活のことについて書いたエッセイはほとんど面白い。

伊集院光

伊集院光のラジオを聞いている人はわかると思うが、彼の話の脱線力は凄い。Aという話なのに、BからCへ行って、Fぐらいまで行ってしまう。しかし、それぞれの話が抜群に面白いのである。一人喋りであそこまで面白いのは、なかなか居ない。さすが落語家出身といった感じだ。エッセイでも、その話術は存分に発揮されていて面白い。しかも、文章になって割と脱線せずにスッキリしているので、読みやすい。エッセイストとしての実力は、日本指折りだと思う。