さようなら、憂鬱な木曜日

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日野皓正氏の中学生往復ビンタは「虐待」や「体罰」の問題ではない|音楽で伝えられない音楽家

世界的トランペッターの日野皓正氏が、中学生のコンサート中に、観客の前でドラマーの生徒に往復ビンタした事件が週刊文春にスクープされ、話題になっています。

 

この事件について、あらためて簡単に説明すると、世田谷区教育委員会の主催で、公募で集められた中学生が、4か月の間、日野皓正さんやその他の講師のもとで練習を積み、その成果として発表する場であったコンサートで、今回の事件が起こりました。

コンサート中のソロパートの部分で、あるドラマーの生徒が暴走し、演奏を止めようとしませんでした。指揮を執っていた日野氏がその生徒の元へ行って、演奏をやめさせようとしましたが、それでも辞めないため、スティックを取りあげ、それでもなお手でドラムを叩く生徒に往復ビンタをしました。

この様子が動画として週刊文春に取り上げられました。

 

「体罰」とか「虐待」の問題なのか?

この動画を見たときの私の最初の感想は、「うわぁ…最悪」でした。最悪というのは、もちろん日野氏に対しての感情です。

 

この動画がスクープされた後、ニュースやワイドショーでも大きく報じられました。

この事件を扱う際の論調としては、

  • これは虐待ではないのか
  • 体罰は是か非か
  • 観客がいる前でするべき行為じゃない

などのテーマで語られることがほとんどでした。

ワイドショーのコメンテーターも「時には体罰も必要」だとか「悪いことをしたら叱られるのは当然」とか、ある薄口コメンテーターは「こんな偉い先生に教わって、私の子どもがこんなことやったら謝りに行きますよ」など自分の意見を発信し、日野氏の行動には多くの番組で賛否両論という感じでした。

しかし、私は、これらのニュースやワイドショーを観ていて、非常に疑問を感じていました。

え、語るべきってそこなの?」と。なんだか、問題の本質を論じていないような、すごく気持ち悪い感じがしていました。

 

 

なぜ男子中学生は、暴走したのか?

今回の問題において、確かに動画だけを見れば「体罰」とか「虐待」という問題に結び付けたがるのはわかります。その方がわかりやすいですもんね。

しかし、それって今回の問題の本質なんでしょうか。

 

そもそも、男子中学生がしたことは、「悪いこと」なんでしょうか。

どうしてあの生徒は、「ソロパートで暴走」をしてしまったのでしょうか。

 

彼が行ったことが「悪いことである」という前提のもとに体罰や虐待問題が議論されていて、「なぜ彼があんなことをしたのか」という問題は、ほとんど報じられていません。

私は、そっちの方が、この問題の本質であると思っています。

 

 

生徒と日野氏の関係性は適切だったのか?

中学生たちは、4か月間このコンサートに向けて練習をしてきました。おそらく、きつい練習もあったでしょう。

そして、この指導に当たった日野氏と生徒たちは、音楽を通してその関係性を育んでいたと想像しています。

実際に、このスクープ後の会見で、日野氏も「あいつとは1年前から深い関係にあった」「俺はあいつに、“親父になるからいつでも電話してこいよ”と言っていた」と話しており、その関係性の深さをうかがわせる発言をしています。

そんな生徒が、コンサートで暴走しました。指導、指揮をする日野氏の顔に泥を塗るような行為です。

なぜ、生徒がそんな行為に及んだのか?

私がこれらの情報から想像してしまうのは、「日野氏と生徒の関係性に問題があったのではないか」「日野氏の指導方法に問題があったのではないか」ということです。

要するに、もっと日野氏の指導方法や人格、人間性にスポットが当てられてもいいのでは、と報道に対して思っています。

 

 

この事件から学ぶべきことについて 

この事件の見方には、「当事者同士が納得しているならそれでいいじゃないか」というものもあります。

実際に、この往復ビンタをされた生徒は、コンサート後に日野氏に謝りにいったそうですし、生徒の父親も謝罪しているそうです。

しかし、はっきり言ってそれは、もはや別の話になっています。

この問題を「日野氏を叩くため」に報じているニュースに価値はありません。

この事件から、何を学ぶか、何を考えるか」という視点から物事を考えた場合に、「虐待」や「体罰」という表層的なテーマで語られることが非常にもったいないなあ、と感じているのです。

 

 

まとめ

あるワイドショーの中で、MCの人がこの問題についてこう言いました。

大した音楽家じゃないよね。音楽で伝えられなかったんだから

私はこれを聞いた瞬間、心にぐさっと来るものがありました。その通りだと思いました。

日野氏が音楽家として技術的に優れているか否か、という点は、素人の私にはわかりませんが、「音楽を通してあの生徒に伝えることができなかったから」今回のようなことが起きてしまったのではないでしょうか。

それは、往復ビンタというわかりやすい事象もそうですし、4か月間の練習期間においても「伝えられなかった」から、中学生は暴走してしまったのではないでしょうか。

音楽家としては素晴らしい人なのかもしれません。しかし、今回の事件を受けて、指導者として、教育者としては、個人的にはその資質に疑問を感じざるをえません。

私が冒頭に感じた「うわぁ…最悪だ」と感じた背景には、音楽家として、音楽で伝えられなかったから「最悪」だと感じた、という結論が、一番近いような気がしています。