さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

「仕事は常に100点満点でなければいけない?」 ミスをすることが怖くなくなる考え方

仕事・働き方 仕事・働き方-ミスが怖くなくなる考え方

ミスを異常に恐れる同僚がいる。

彼は能力も高く、優秀な社員である。ほとんどの仕事は無難にこなす。しかし、隣で見ていると、ミスに対する恐れ方が尋常ではない。こちらの息が詰まってくる。

彼は完璧を求めている。常に100%でないと気が済まないタチだ。しかしながら、人間というものはどんなに頑張ってもミスを起こしてしまう。ミスを犯すと、彼は極度に落ち込む。顔を真赤にして、声をかけてもほとんど耳に入っていない。見ていて不憫に思う。

完成度を極限まで高めるせいか、仕事はいつも締め切りギリギリだ。いつも締め切り間際に持ってくる彼に対して、よく思わない社内の人間もいる。

そもそも、ミスを異常に恐れる人は、プライドが高い。「自分は出来る人間だ」という評価を周囲から受けたい欲求が強い。実際、能力は高い人が多いのだろう。でも、そんな生き方をしていたら、寿命が縮まるのでは?といつも思いながら、私は観察している。

 

■仕事は100点満点でなければいけないのか

「学校では90点を取れば褒められたのかもしれないけど、会社では常に100点満点が要求されます」

新人研修の時にこんなようなことを聞いたような気がする。確かに、仕事では90点は不合格だ。常に100点が求められる。しかし、いつでもノーミスで100点満点を叩き出し続けるスーパーマンが一体どれほどいるだろうか。殆どの人は、何かの手違い、勘違い、チェックミス、チェック漏れなどで、失敗してしまったことはあるだろう。

冒頭の同僚は「自分はスーパーマンだ」くらいに思われたいような雰囲気さえ醸し出している。それは結構なことなのだが、誰も彼をスーパーマンだなんて思っていない。みんなと同じ人間だと思っている。だから、そこまで気負う必要なんて全く無いのに。自己評価を極限まで高めて、その評価に自分自身が縛られているような気がする。

そもそも、正常な組織というのは、人為的なミスを想定してシステムが作られている。重要な書類は、おそらくどこの組織でだって上司の決裁を受けるだろう。ダブルチェックシステムがある会社も多いと思う。責任感が無さ過ぎるのも問題だが、必要以上の責任感は人生を生きにくくさせる。

 

■ミスの代償はどれくらい?

「お前のミスで◯億円の損失だ!」

なんて台詞をドラマで聞いたりするけど、それはミスした本人に◯億円分の落ち度はなくて、一人のミスで◯億円の損失を発生させてしまうシステムに問題があるのだ。

これは立場が異なれば状況も全然変わってくるので一概には言えないが、「そのミスをしたら、一体どれくらいの代償を支払わなければならないのか」も、頭の片隅に入れておいたほうがいい。上司に謝るだけで済むのか、客先に行って謝らなければならないのか、会社の利益を損なう可能性があるのか。絶対にミスが出来ない案件ならば、いくら周囲が忙しくても、社内で何重にもチェックしてもらう必要がある。

自分で出来る限りチェックして、もうミスはないはずだ、自信を持って送り出せる、という状態にまで持っていけた仕事であれば、胸を張って送り出せばいいのである。そして、「これでミスがあったら仕方ない」という心持ちで待っていればいい。むしろ、そんな仕事でミスがあれば、そのミスを分析して、「自分はなぜここでミスをしたのか?」「このミスをなくすにはどうすればいいのか?」を考えて、次回につなげることだ。

 

冒頭の同僚に関して言えば、完璧を求めて仕事をする姿は素晴らしい。行動も、締め切りギリギリの部分以外は、問題ないと思う。しかしながら、彼がまずいのは、仕事を完成させた後である。「自分のやった仕事にミスがあったらどうしよう」なんて考えずに、堂々としていればいいのである。もしそのミスで、誰かに迷惑が掛かったなら必死で謝ればいい。自分のベストを尽くしての結果であれば、恥じることはないだろう。そうすれば、ミスも怖くなくなるはずだ。

 

■イチローのミスに対する向き合い方

私は新人の時にけっこうつまらないミスをして落ち込んだりした時期もあった。そんな時に、イチローが打率ではなく安打数を目標にしている話を聞いて、それからミスを恐れないようになった。

メジャーリーグであれほど成功したイチローでさえ、打率を追い求めて打席に入るとミスが怖くなってしまうそうだ。だから、安打数を積み重ねることを目標にした。そうすると、打席に入るのが楽しくなる、ということだ。

イチローはおそらくミスすることを受け入れているのだろう。だからこそ、ミスとどう向き合っていくかを考えた時に、打率ではなく安打数を目標にすることで、その恐怖心に打ち勝ってきた。

私はイチローのドキュメンタリーなどはほぼ欠かさず見ていて、どれほど野球にストイックで努力してきたのか、その片鱗は知っていたつもりだ。あそこまで努力を重ねた人が、それでもミスと向きあおうとしている。それじゃあ自分は、イチローほど努力をしたのだろうか、と考えた時に、私は自分が恥ずかしくなった。それからは、ミスが一気に減ったように思う。

 

最後に、この記事は「ミスなんて気にするな」ということが言いたいのではない。ばかりの適当な仕事を続けていれば、社内社外での信用を失い、ダメな奴の烙印を押されるだろう。「ミスが気にならなくなるほど、自分で自信を持てる仕事をしよう」ということだ。自分に言い聞かせる意味も込めて。