さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

値引き交渉はクレーム行為に近いし、値引きは表示価格で買う人に対する冒涜である

生活

先日、都内の大型家電量販店をふらふらしていると、大型テレビのコーナーで、お客さんと店員が何やら難しい顔をして話し込んでいた。

「もう少しなんとかなりませんか…?」

お客はどうやら値引き交渉をしているようである。店員はインカムで誰かに確認を取ったりして、右往左往している。

私は正直なところ、この値引き交渉が大嫌いである。見ているとこちらまで悲しい気持ちになる。

なぜ、表示価格で買えないのか。表示価格に満足しないなら、買わなければいい。企業が設定した価格に納得すれば、その商品を買う。それこそ、公正な取引である。「あっちのお店はもっと安かったですよ」というのなら、そっちのお店で買えばいい。どうして、自分本位の考え方しかできないのか。

 

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値引き交渉に応じる企業側にも問題がある

そもそもの話、値引き交渉に応じる企業側もタチが悪い。

値引き交渉に応じた場合、交渉をせずに表示価格のまま買ったお客さんはどうなるのか。ゴネずに素直に納得して購入した消費者が、なぜゴネた人間よりも損をしなければならないのか。値引き交渉に応じるならば、それは表示価格で買った人に対する冒涜である。

例えばこれが、クローズドのBtoB取引であれば、価格交渉するのはわかる。その金額なんて、あってないようなものだ。リベートや仕入割引なども、企業間取引であれば仕方ないだろう。しかし、BtoCのオープン取引であれば、全ての消費者に対して、同じ価格で販売することが、誠意ではないだろうか。

 

関西では「値引き」が文化?

学生の時に、友人と値引き交渉になった。私は、「なぜ値引きをするのか。表示価格のまま買えばいい」と言ったところ、友人はこう主張した。「関西では値引きは文化。こっちでも同じ手法でやらせてもらう」

大きな主語で一括りにして批判したくはないけれど、それが関西の文化ならば、それはそっちで勝手にやってもらいたい。値引きなんて文化でも何でもない。ただのゴネ得だ。

「値引きはコミュニケーションのひとつ」という意見も聞いたことがあるが、別にコミュニケーションなんて、値引き交渉じゃなくたってできる。コミュニケーションという言葉を盾にして、自分の行為を正当化していないだろうか。
女性はちょっとでも安く買えると、その差額以上に喜ぶケースが多い。アトラクション感覚で値引き交渉をするのは、果たして健全なのだろうか。

値引き交渉人はクレーマーに近い

値引き交渉をする人は、クレーマーに近いと思う。企業にとって、クレーマーはコストである(有用できる場合もあるが)。値引きをしてくる人というのは、当初設定していた利益を削り、そして店員の人件費まで消費する。確かに売り上げには貢献するかもしれない。しかし、利益率は低下する。

クレーマーは、時に企業にとって有用な改善点を気づかせてくれるケースもあるが、何かにケチをつけて、不当な対価を得ることを目的としている場合がある。値引き交渉は、別にケチをつけるわけではないので、クレーマーほど悪質ではないが、系統としては同じではないかと思う。

 

まとめ

私がこんな場末のブログで散々言ったところで、値引き交渉自体はなくならないだろう。しかし、これからも値引き交渉をする人は、少しだけ考えてみて欲しい。その行為は、あなたの品格を下げていないだろうか。値引きをする自分に酔っていないだろうか。少なくとも、値引きをしているあなたを見て、慎みに欠けると感じている他人がいることは、心の隅に止めておいて欲しい。別に、値引き交渉をやめろと言っているわけではない。そう感じる人間がいるということだ。