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エヴァ・庵野秀明監督の映画『シン・ゴジラ』の公開がすごく待ち遠しい(7月29日公開)

スポーツ・エンタメ スポーツ・エンタメ-映画『シン・ゴジラ』

エヴァンゲリオンで有名な庵野秀明監督が手がけたゴジラシリーズの最新作『シン・ゴジラ』が来る7月29日に公開される。

私はこの映画がとても楽しみでたまらない。まずは、『シン・ゴジラ』の予告を見てほしい。できれば音声の聞ける環境で。

ゴジラの雄たけび、流れる音楽。ゴジラと、立ち向かう日本。鳥肌が立った。

私はこの予告を見たときに、胸をえぐられるようだった。硬くてごつい、それでいて滑らかな大きな掌が胸の中にぐっと入り込んできて、心をぎゅっと鷲掴みにされた。握られた私の心は、その日からずっと握られたままだ。

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(引用:映画『シン・ゴジラ』公式サイト)

 

庵野監督の「一度きりの挑戦」

私がここまで『シン・ゴジラ』に期待しているのは、やはり『シン・ゴジラ』にエヴァンゲリオンの面影を期待しているからだろう。予告の演出はいかにもエヴァの庵野監督っぽかったし、「何かよくわからないものと戦う」というテーマは、エヴァンゲリオンとゴジラに共通している。

もともと庵野監督は、特撮物に造詣が深く、エヴァンゲリオンも原点は円谷プロのウルトラマンだと言われている。庵野監督が、映画版ヱヴァシリーズが未完であるにも関わらず、このゴジラシリーズの監督を引き受けたのは、自身が特撮物が大好きだったからに違いない。

庵野監督はエヴァンゲリオン公式サイトで、ゴジラの監督を引き受けた経緯について次のように語っている。

東宝の方から直接「ゴジラの新作映画の監督をお願いしたい」と、依頼を受けました。
精神的にも不安定でしたし、「無理です。エヴァもあるし、出来ませんよ」と、その場は固辞しました。
が、東宝の誠意と盟友樋口真嗣監督の熱意に心が動かされ、
同年3月、監督を引き受ける事にしました。

過去の継続等だけでなく空想科学映像再生の祈り、特撮博物館に込めた願い、思想を具現化してこそ先達の制作者や過去作品への恩返しであり、その意思と責任の完結である、という想いに至り、引き受ける事にしました。
今しか出来ない、今だから出来る、新たな、一度きりの挑戦と思い、引き受ける事にしました。
エヴァではない、新たな作品を自分に取り入れないと先に続かない状態を実感し、引き受ける事にしました。

(引用:http://www.evangelion.co.jp/news_20150401.html

 私は庵野監督がゴジラを撮る、と聞いたとき「おいおい、エヴァはどうしたんだよ。続編待ってるのに、なんで他の映画撮るんだよ」と少しイラついた。しかしながら、今はゴジラが待ち遠しくて仕方ない。これは庵野監督の「一度きりの挑戦」なのだ。

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ゴジラの撮影時期に「日本から俳優が消えた」

『シン・ゴジラ』は長谷川博己、竹野内豊、石原さとみを中心に総勢328名のキャストが出演している。これは、日本映画史上最多のキャスト数とのこと。

私は観る映画を選ぶときに、キャストが豪華がどうか、という基準で選んだことはないが、これだけのキャストを揃えてくるということは、演者だけでなく、それ以外の部分でも東宝が本気を出している、という姿勢が伺える。そういう意味で、この日本映画史上最多のキャスト、というのは一考に値するのかもしれない。

公式サイトによるキャスト一覧はこちら。

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ゴジラの撮影時期、日本の俳優がごっそり『シン・ゴジラ』に持っていかれたため、「日本から俳優が消えた」と同業者からクレームが入ったらしい。

 

エヴァファンから見た「ゴジラ」とゴジラファンから見た「シン・ゴジラ」

私はここまで、エヴァンゲリオンファンとしての立場から『シン・ゴジラ』がどれだけ楽しみか語ってきたが、当然、60年以上続いているゴジラシリーズにはたくさんの、そして熱狂的なゴジラファンがいて、彼らも当然『シン・ゴジラ』を待望しているのだと思う。

私が非常に興味深いのは、「ゴジラシリーズのファンが『シン・ゴジラ』を観たときに、どのように感じるか」という点である。

我々エヴァンゲリオンファンは、ある意味庵野秀明監督が何をやりたいのか、何をやろうとしているのか、何を伝えようとしているのか、については、全くアテがないわけではない。

しかし、これまで庵野秀明という人の作品に触れたことのないゴジラファン、あるいはその他大勢の人たちが『シン・ゴジラ』で庵野作品に触れたとき、何を思うのか、私にはちょっと想像ができない。希望的観測を言わせてもらうならば「なんだこれは」と思ってほしいと思っている。

「こんなのゴジラじゃない」と思ってほしい。「こんなの映画じゃない」と思ってほしい。

私は、この作品が日本映画の歴史に名を残すタイトルになってほしいと思っているし、そうなる可能性は多分にあると思っている。

 

『シン・ゴジラ』と『シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版:||』

ここからは少しヱヴァ向きの話になる。

現在、エヴァンゲリオンシリーズはドラマシリーズを終え、ヱヴァンゲリヲン新劇場版シリーズに突入している。

当初、「序」「破」「Q」の3部作で完結するはずだった本シリーズは、「Q」の後に『シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版:||』が続くことが発表され、現在『シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版:||』の製作中である。

最新作である『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』が公開されたのは、2012年11月17日。もうそれから3年半も経っている。ファンは待ち疲れて、「本当に公開するの?」と疑心暗鬼にかられているかもしれない。

そこに来て、この『シン・ゴジラ』の公開である。私からすれば、『シン・ゴジラ』の『シン』がどうしたって気になってしまう。それは『シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版:||』への布石に思えてならない。ちなみに、庵野監督は『シン』について、「「新」「真」「神」など様々な意味が含まれている」と語っている。

私は、『シン・ゴジラ』の公開に合わせて、あるいは本編終了後に、『シン・ヱヴァンゲリヲン劇場版:||』についての何らかの情報が解禁されるのではないか、と踏んでいる。飽くまで、いちファンの単なる願望に近い予想である。根拠も何もない。

 

まとめ

映画『シン・ゴジラ』のキャッチコピーは「ニッポン対ゴジラ。」。

先にも話したが、ゴジラシリーズは日本映画にとってかけがえのないものだし、ゴジラシリーズにただならぬ思いをかける人たちも、ファンや製作者含めてたくさんいるだろう。

そんな色んな想いを背負ったタイトルを、庵野秀行が脚本・総監督で関わった。エヴァンゲリオンにだって、ゴジラと同じくらいファンや製作者の想いがこもっている。

そんな二つの大きなパワーがぶつかって、この『シン・ゴジラ』が一体どのような影響を日本に与えるのか。あるいは、どんな映像を私たちに見せてくれるのか、体感させてくれるのか。考えるだけでワクワクする。

ハードル上げまくってしまったけど、余裕で飛び越えてくれることを願っている。

 

参考サイト

映画『シン・ゴジラ』公式サイト

ゴジラ対エヴァンゲリオン特設サイト

次回 シン・エヴァンゲリオン劇場版

特報1

特報2