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『シン・ゴジラ』を観て笑える神経が理解できない

スポーツ・エンタメ スポーツ・エンタメ-映画『シン・ゴジラ』

(『シン・ゴジラ』未鑑賞の方は、鑑賞後の閲覧をオススメします)

映画『シン・ゴジラ』の2回目を観てきた。

相変わらず素晴らしい映画だった。凄まじい映画だった。間違いなく日本の映画史に残る作品だと思う。

さて、初回の時もそうだったのだが、ひとつ気になったシーンがある。海中に巨大不明生物がいることが判明し、大河内総理(大杉連)の「とにかく情報が欲しい」という要望から、急遽政府の御用生物学者三人が集められるシーンだ。シーン自体に問題はないのだが、劇場での反応が気になった。ここで、初回、二回目の鑑賞ともに、劇場で小さな笑いが起きるのだ。

は?

何を笑っている?と思った。日本に巨大不明生物が現れて、東京湾アクアラインでは崩落が起き、すでに甚大な被害が出ていて、当然ながら死傷者も出ている。政府はこれ以上の災害を防ぐために、必死に情報収集しようとしている。そんな緊迫感のあるシーンだ。

そこで出てきたのが、いかにも使えなさそうな三人の生物学者。

確かに、捉えどころによっては、笑えるのかもしれない。しかし、今、笑っている場合か?日本が大慌てで、巨大不明生物に立ち向かおうとしている。そんな時に、あなた方は何を笑えるのだ?

その三人の生物学者は、すべて演者が映画監督(犬童一心氏 、原一男氏、緒方明氏)で、それぞれ富野由悠季監督、宮崎駿監督、高畑勲監督のパロディだと言うことを知っていて、それで笑っているのかもしれない。しかし、それがどうした?それで笑っていたとしても、「庵野監督のパロディわかる俺おもしれー」の笑いにしか聞こえない。

日本が大変なことになっている。みんな必死に日本を守ろうとしている。圧倒的に、笑えるような状況ではないのだ

『シン・ゴジラ』は圧倒的なリアリティを基に、豪快で緻密なフィクションを融合して描かれた映画だ。キャッチコピーの「現実 対 虚構」がすべてを物語る。私たちは完璧なクオリティのリアリズムの中で、まるで実際の日本にゴジラが襲来したかのような感覚を覚える。深い恐怖と動揺が押し寄せ、悲壮感、絶望感が蔓延する。

この映画において、私たちはゴジラの襲来をはっきりとした現実的なものとして捉えなければならない。『シン・ゴジラ』をただの娯楽映画だとしか捉えられない人は圧倒的に想像力が欠けている。『シン・ゴジラ』を劇場で観ている人間であるならば、実際に自分が被災して、避難している感覚でいなくてはおかしい。それくらいのリアリティのある映画だ。

だから、笑えるのはおかしいのだ。無神経だ。すでに被災している人がいるのだ。絶対に笑えないし、笑ってはいけない。

 

2回観た感じでは、笑いが起こるシーンというのはある程度決まっている。

  • 矢口蘭堂(長谷川博己)内閣官房副長官が、各省庁に巨大不明生物に対する姿勢を“捕獲”、“駆除”、“排除”の3ケースに分けて対策を考えてくれ、と指示を出した際、「今のってどこの役所に言ったんですか?」と役人がいうシーン
  • 大河内総理大臣が布告の宣言を催促されて「今決めるのか!?」と言うシーン
  • 巨災対の尾頭ヒロミ(市川実日子)がゴジラのエネルギーを核分裂だと分析したことに異論を唱えた安田龍彦(高橋一生)が、その後のサーベイデータにより尾頭の説が正しかったことが判明し、「ごめんなさい」と小声で言うシーン
  • 里見総理大臣臨時代理(平泉成)のラーメンが伸びちゃったシーン

これらのシーンで笑いが起きる。私にはすべて理解できない。あのですね、日本は今大変なことになっているんですよ。シリアスな展開でも笑っちゃう俺面白い、ですか?ユーモアのわかる俺面白い、ですか?全然面白くないです。そんなこと言ってる場合じゃない。

もっと現実感を持って、危機意識を感じてほしい。本当にそう思う。

 

『シン・ゴジラ』のぐっと来たシーン

さて、前置きはこれくらいにして、2回目の『シン・ゴジラ』でぐっと来たシーンを紹介したい。

1つ目は、里見内閣総理大臣臨時代理から、ゴジラのコントロールを多国籍軍に移譲する話になっている、ということを聞かされた赤坂秀樹(竹野内豊)内閣官房長官臨時代理の演技。今まで表情一つ変えなかった赤坂が、初めて動揺し、目を赤らめたシーンだ。里見大臣のその話は、熱核兵器の使用を容認することとイコールになる。このシーンは痺れた。

『シン・ゴジラ』は開始30秒から緊迫したシーンが続くが、「ゴジラ滅却のための熱核兵器使用」が現実的になり始めた時点から、演者たちの雰囲気が一気に変わる。緊迫した雰囲気が、さらに一層張り詰めたものになる。安田龍彦の「選択肢としてはありだけど、選ぶなよ…!」も素晴らしい。

そして、2つ目は、一番最後の方のシーン。フランスからの圧力によって、熱核攻撃の使用を遅らせ、ヤシオリ作戦成功により、ゴジラを沈黙させることができた後、里見総理大臣臨時代理が、駐日仏大使に対して、深く頭を下げ続けているシーン。私はこのシーンで泣いてしまった。日本にとって、やはり原爆というのは特別なもので、もう絶対に、二度と落としたくない。日本国民なら誰もが思うその気持ちを、里見総理大臣はこのシーンで、厳かに表現していたと思う。

里見総理大臣を演じる平泉成さんの演技はとても良い。米国から、熱核攻撃に備えるため国民の疎開を要請されたときの、「疎開をさせるということは、その人の生活を奪うっていうことだ。簡単に言わないでほしいなあ」という台詞も好きだ。短いシーンで里見総理大臣の人柄をうまく引き出している。

それから、最後に好きな台詞3選を挙げておきたい。

  • 防衛大臣(余貴美子)が閣僚会合で自衛隊出動の要請を受けて、「火気使用も含めて本省に検討の時間を頂きたい!」
  • 矢口蘭堂が、軽口を叩く大臣(上司)に向かって、「先の大戦では、旧日本軍の希望的観測、こうあってほしいという願望により、国民に三百万人もの犠牲者が出ました。油断は禁物です」
  • 熱核攻撃をどうしても決行したいアメリカに対して、飽くまでもヤシオリ作戦を決行したい泉政調副会長(松尾諭)が総理大臣に向かって、「自国の利益のために他国の犠牲を強いるのは、覇道です」

 

『シン・ゴジラ』鑑賞後は、劇場を出るまで私語禁止にしてほしい

私は2回目の鑑賞を終えた後、当然ながらスタッフロールを最後まで見終えて、席を立った。館内の階段を降りているとき、後ろのカップルがこんな会話をしていた。

「でもゴジラさあ、あんなに都合よく東京駅の上に倒れるかねえw」

「思ったーw」

私はこの会話を聞いた瞬間、非常に強い憤りを感じた。私は私なりに『シン・ゴジラ』を楽しんで、自分が感じたことを、見終えた直後、じっくりと咀嚼している最中だったのだ。そんな最中、この会話に水を差された。

感想を言うな、とは言わない。映画は、感想を言い合うことが醍醐味でもある。しかし、鑑賞直後、まだ他人がいる前では、自分勝手な感想を言うことを控えてはくれないだろうか。それぞれ個人個人が『シン・ゴジラ』に対しての想いがあるのだ。あなたがたの勝手で軽薄な感想を、私に浴びせかけないでほしい。私はひどく嫌な気持ちになった。

ゴジラが東京駅に都合よく伸し掛かって倒れた?当たり前でしょ、映画なんだから。その方が画になるに決まっている。

 

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ゴジラ