さようなら、憂鬱な木曜日

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サラリーマンの投資ログなど

高畑淳子さんの謝罪会見は、胸が張り裂けそうで最後まで見れなかった

ニュース ニュース-謝罪会見

高畑淳子さんの謝罪会見を見た。最後まで見れなかった。途中で辛くなって、胸が張り裂けそうになって、見るのをやめた。

謝罪会見までに至る経緯は、もうほとんどの方がご存じだろうけれど、一応記しておく。

俳優をやっている高畑淳子さんの息子が、容疑者となり逮捕された。

すでに収録済みのTV番組やドラマはすべてお蔵入り。特に日本テレビ24時間テレビ内のドラマなど、放映期日が迫っているものに関しては、容疑者が映っているシーンを別の俳優に変えて取り直しという、大変過密なスケジュールでの対応となっている。さらには、高畑淳子さんのCMやTV出演などにも影響が出ている。

被害者、被害者の親族、高畑淳子さんを含めた容疑者の親族、関係者、TV・CM関係者、舞台関係者、スポンサー…迷惑を掛けた人を挙げればきりがない。

そういった人たちに対しての、母親としての謝罪会見だった。

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私は、憔悴しきった高畑さんが気丈に質問に答える姿を見て、胸が張り裂けそうになった。

だって、それは、どこからどう見ても息子への愛情が溢れていたからだ。言葉の端々から感じられた。

そんな愛情を注いでいる息子が、大変な罪を犯してしまった。それは決して許されるものではない。多くの人に、多大なる迷惑を掛けてしまった。

きっと、世界が真っ暗になってしまったと思う。

それでも容疑者は高畑淳子さんの息子であることに変わりはないし、高畑さんもその事実を甘んじて受け入れているように思えた。どんなに馬鹿で愚かでも、息子は息子なのだ。

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私は、高畑さんの会見を見て、「罪を犯した息子を持つ親の気持ち」というものを、ありありと見せつけられたような気がした。

多分、高畑さんは、容疑者をぶん殴りたいと思う。思いっきり叱りつけたいと思う。それでも、息子は息子なのだ。

高畑さんは、容疑者と許された15分だけの接見で、こう言ったという。

私は、どんなことがあっても、お母さんだからね

この一言に、高畑さんの想いが集約されているように思った。高畑さんは、続けて言った。

「こんなことを思ってしまって、申し訳ございません」

罪を犯した息子の肩を持つようなことを、謝罪会見で言うのは、少し場違いかもしれない。しかし、それでもなお、高畑さんは、高畑裕太容疑者の母親であるということを、そして、彼に対しての情があるということを、隠しきれなかったのだ。

私は、高畑さんを、とても正直な人だと思った。

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罪を犯すような子供を育てた親にも責任がある、という批判はある。

しかし、それは高畑さんが一生背負い続けていかなければならない十字架だ。他人がわざわざ指摘しなくたって十分だろう。

すでに一生背負わなければいけない傷を負った母親に対して、これ以上の鋭い矢を投げる必要はあるのか?

高畑さん、あるいは高畑さんの親族、近しい人たちは、社会的にも金銭的にも、浅くない制裁を受けるのだ。

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私は単純な人間だから、謝罪会見での高畑淳子さんを見て、胸が痛くなった。

彼女は女優だぞ」という人がいるかもしれない。

しかし、私が見たのは、間違いなく「母親」だったように思う。「母親の深い悲しみ」を感じたのは、まぎれもない事実である。

 今回の件で最も強く思ったのは、「母親を泣かせるようなことは絶対にしない」ということだ。心に誓った。