さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

帽子を試着するのに「許可」がいる古着屋には絶対に行きたくない

エッセイ エッセイ-試着

先日、いつも聞いているTBSラジオ爆笑問題カーボーイで、田中裕二の話したエピソードが興味深かった。

エピソードの内容はこうだ。

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田中がこの前古着屋さんに行った時の話。店内に入ると、店員はいたが、いらっしゃいませの一言もない。気づいてないのかな、と思い、そのまま店内を眺めていた。

いい感じのキャップがあって、田中はそれを手に取り、かぶって鏡で合わせてみた。その瞬間、奥にいた店員が田中に向かってこう言った。

すいませーん、帽子かぶるとき、一言いってもらっていいすかあ?(煽り気味)

田中は「はああああ!???」と思ったが、「すいません」と言って、帽子を戻したらしい。

田中は古着屋さんが好きで、これまでに百件以上のお店に行ってきたが、そんなことを言われたのは初めてとのこと。

疑問を感じつつ、しばらく店内を眺めていると、またいい感じの帽子を発見した。田中は、先ほど言われた通り、

「これかぶってもいいですか?」

と店員に声を掛けた。しかし、店員はこちらに目もくれず、「ふぇ~」と曖昧な返事を返したのみ。

非常にイラついて店を出た。

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帽子を試着するのに「許可」がいる古着屋には絶対に行きたくない

私はこのエピソードを聞いて、田中裕二の憤りはもっともだと思った。彼の憤りは、どちらかというと二回目の許可を求めたときに、こちらに目もくれなかったことに重点を置いているような話だったが、私なら一回目の注意を受けた時点で気分を害して店を出る。

帽子を試着するのに、一言言わなきゃいけない?だったらそんな店二度と行かねえよ!と思った。

例えば、Tシャツとかパンツとか、素肌に直接的に触れるものなら、まだなんとなくわかる。あるいは、非常にデリケートな素材で出来ているものとか、取り扱い注意なものもあるだろう。そんな時は、店員が横にいて、注意を払っていたい、ということもあるかもしれない。

しかし、帽子である。帽子をかぶるときに、「これかぶってもいいですか?」という一言は本当に必要なのだろうか。

店員は、「無言で勝手に商品を手に取り試着する」のが癪に障るのか?だったら古着屋なんてやめてしまえ。帽子を含めて、洋服なんて、手に取って試着しなければ買う気も起らない。実店舗で店を構えるのなら、客に自由に手に取ってもらってこその商売だろう

私なら、「帽子の試着の際には、店員に一言お声がけください」という注意書きがあったら、そんなお店で帽子は買わない。自由に試着して合わせられないお店でなんか買いたくない。

 

アメリカでは店員に挨拶せず、商品を手に取ることは失礼

私は、アメリカに旅行へ行って買い物をした時のことを思い出した。

アメリカに行く前に読んだガイドブックに、店員に挨拶をせずに商品に手を触れることは、失礼とされています、と書いてあって、なんだよこれ息苦しいな、と思った記憶がある。

アメリカでは、洋服屋さんに入ると、必ず店員に挨拶をする。まあ、それは日本でも礼儀として同じなのかもしれないが、日本だと割と目線を合わせて会釈ぐらいで、少なくとも私の場合は、きちんと挨拶をするまではいかないことの方が多い。

確かに実際あちらで洋服屋さんに入ると必ず店員が挨拶をしてきて、挨拶をきっかけにその店員が横について、ずっと接客してきた。すごく鬱陶しかった。

 

要するに、洋服を選ぶ時ぐらい、自由に気ままに安らかに選びたい、ということだ。誰にも邪魔されず、気を遣わずに洋服を選ぶという孤高の行為。この行為こそが、現代人に与えられた最高の「癒し」といえるのである。