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サラリーマンの投資ログなど

高学歴の部下を上手に使う方法「事務処理能力というアドバンテージ」

仕事・働き方

テレビやネットなどで「高学歴の部下に困っている」というサラリーマンの悩み相談や、「高学歴の部下が使えない」と言った愚痴をテーマに扱った特集を見ることがある。

学歴社会になってからというもの、「高学歴の部下の使い方」というのは、管理職にとってひとつの課題であろう。

私自身はまだ主任クラスであるが、プロジェクトにおけるリーダーは何度か経験したことがあるので、自分の下にいわゆる「高学歴な部下」がついたことがある。

そして、その時に感じたのは、「高学歴の部下は使えない」という上司は、部下の使い方を知らない管理能力のない人の言い訳なんだ、ということだった。

 

■例外なく高い事務処理能力

高学歴な部下の上手な使い方とは何か?

それは、彼らがほぼ例外なく持っている高い事務処理能力を活かした仕事を振ってあげることである。

私は、彼らに事務処理能力を生かせる仕事を振ると、いつもその速さと精度に驚かされる。到底、自分には、この時間でこの精度では仕上げられない、といつも思う。

彼らは、「机に座っていると問題と解答用紙が配られ、それを解くような」仕事において、素晴らしいパフォーマンスを発揮する。言い方は悪いが、「コンピュータ的な仕事」だ。

 

■事務処理能力はあくまで必要な能力のうちのひとつ

もちろん、ビジネスにおいて事務処理能力というのは、必要な能力のうちのひとつにすぎない。当然、職種や役職によって異なってくるが、思いつくだけでも、マネジメント力、進行管理能力、問題解決能力、企画力、折衝・交渉力、コミュニケーション能力などなど、様々な能力がビジネスでは求められる。

その中でも、事務処理能力というのは、ほとんどの職種(主にデスクワーク)において必須の能力である。そして、ホワイトカラーの職種においては、平均的な事務処理能力がないと、話にならない。基礎的な事務処理能力は、言ってみればスポーツ選手における筋力みたいなものだと思う。

だからこそ、その事務処理能力に非常に長けた人間というのはやはり貴重で、企業にとっては活かしていくべき存在なのである。

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■大きなアドバンテージを持っているということ

私は彼らに「事務仕事だけやらせておけ」と言っているのではない。彼らは例外なく「事務処理能力が高い」ということを念頭に置いておくだけで、部下として非常に使える人材になるということだ。

当然、高い事務処理能力を持つ彼らの中には、その他の能力に長けた人間もたくさんいるだろう。しかし、その他の能力に、正直学歴はあまり関係ないように感じている。そこからは、一人一人の個性を見極めていくしかないと思う。

しかしながら、事務処理能力に長けている人材、というのは大きなアドバンテージである。私の経験からして、部下として持つには非常に心強い。

 

■高学歴とは一体何か

ここで、本記事における「高学歴」の定義をはっきりさせておこう。

一言で言うと、「早慶レベル」以上の学歴を持った人間のことをイメージしている。一般的に有名大学とされるMARCHレベルの大学出身者は、もちろん優秀な人材も多いが、なにぶん数が多いのでピンからキリまでおり、個人的なイメージとしては平均よりちょっと優秀なレベルに感じる(決してMARCH出身者が優秀でない、と言っているわけではない。優秀な人ももちろんたくさんいる)。早慶以上になると、やはり一皮違うという感じで、おしなべて基礎能力が高い。当然、旧帝大レベルも早慶以上のグループに入る。

 

■「学歴フィルター」は是か非か

昨今、問題視されている採用活動における「学歴フィルター」もやむを得ないのかな、という印象を持っている。学歴と事務処理能力は比例する。これは学校のお勉強と事務処理というのは、ほぼ同じような作業だから当然だ。

しかしながら、高学歴ということだけで採用し、集めた人材ばかりの職場というのは、うまく行くのかちょっと疑問だ。

企業はたくさんの人の力が合わさって成り立っている。管理能力の高い人、凄い企画を発案する人、営業力がすごい人、スケジューリングが完璧な人、そして、事務処理能力の高い人。それぞれが、それぞれの長所を引き出し合って、良い仕事というのは出来上がる。

「学歴」だけを見て、できる/できないを判断する上司は、おそらく管理職に向いていない。部下の持つ個性を見出し、引き出してあげることが、上司に求められた職務なのだから。

 

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