さようなら、憂鬱な木曜日

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さようなら、憂鬱な木曜日

サラリーマンの投資ログなど

久しぶりに残業したら涙が出るほど悔しかった話

仕事・働き方 仕事・働き方-残業

先週は、久しぶりに残業続きの日々だった。

理由は同じチームの同僚が病気で2週間ほど入院することになり、彼がやるはずだった仕事をカバーしなければならなかったためだ。

彼の仕事の穴埋めをするため、その2週間は自分の仕事に加えてカバー分をこなさなければならないので、いくらなんでも勤務時間内には終わらず、残業をしていた。

 

私は基本的に残業をしない。勤務時間内に終わるよう仕事のスケジュールを組んで、常に効率化を図っている。

特にここ半年は、ある程度のアクシデントは吸収できるほどに業務効率化が完成されてきていて、ほとんど残業することはなかった。同じチームでは残っている人も多かったが、私は自分の仕事に加えて他の人の仕事もサポートしていたので、上司やチーム内から不満が出ることもなかった(腹の中で何を思っているかは知らないけど)。

 

同僚が病気で2週間出勤できないと連絡があり、彼の仕事を見積もった結果、私は彼の仕事の仕上がりの目途がつくまで、残業することを決めた。上司にその旨を伝え、上司は「悪いな」と言った。

上司に残業する旨を伝えた後、私は自分の目頭が熱くなっているのを感じた。自分でも驚いた。私は残業をすることが、涙が出るほどに悔しいのだ

どうしてこうなってしまったのか。こうなることを予測して、もっと早く手は打てなかったのか。自分のリスク管理が甘かったのではないか。こういう事態を回避できたかもしれない仕事のやり方が、頭を思い巡った(本来は管理者に考えてもらいたいことだが…)。

彼の病気入院は突発的なので、予測など無理である。そして、社員一人の仕事を2週間もカバーできるようなスーパーマンはほとんどいない。つまり、同僚が休むことイコール誰かが残業してカバーしなければならない。今回のケースにおいて、残業はどう頑張っても不可避の状態だった。

しかしそれでも、私は悔しくて悔しくてたまらなかった。自分ではどうしても避けられない事態だったとしても、自分への悔しさが募った。

 

おそらく私は、勤務時間内に仕事を終わらせている自分に、ある種のプライドを感じていたのだと思う。他人から見れば、どんなにちっぽけだったとしても、それは私の中で譲れないものだったし、他人に誇りはしないものの、自分に対しては誇れる事績だった。

残業することが決まって、自席に戻って心を落ち着かせるまでに、少しの時間を要した。

 

病気入院した同僚に対しての感情は特になかった。早く病気を治して、また元気に復活してくれ、ということしか思い浮かばなかった。

私が組織に属して組織から給与をもらっている以上、組織の穴埋めはしなければならない。それは被雇用者として当たり前の話だ。

私だって新人の頃は周りの人に助けてもらった。たくさん迷惑をかけた。その恩返しと考えれば、同じチームの同僚の穴埋めなど、お安い御用である。それが、組織人としてあるべき姿とも思っている。

 

実際に残業すると決まれば、あとはやるだけだ。せっせと仕事を片付けて、早く彼の回復を待つばかり。

しかし、久しぶりに勤務時間後のオフィスの景色を見て、少し呆れてしまった。私が残業をしていた2週間くらいの間、常に残業をしている人が何人もいたのだ。

以前の記事でも書いたが、残業は無能の証明だと思っている。残業をすればするほどお金がたくさんもらえるのは、本当に滅びるべきシステムだ。

彼らの辞書に「効率化」という文字はあるのだろうか。

おそらく、残業することが常態化してしまって、残業することに対して何の感情も持っていないのではないかと思う。

始発で座れる人が、通勤時間での睡眠も睡眠時間で計算するように、彼らは残業時間をも勤務時間としてみなしてしまっているのではないだろうか。

私のように、残業することが涙が出るほど悔しい、と思える人が増えていけば、もう少し働きやすい職場になるのではないだろうか。仕事は勤務時間内に終わらせることが常識である。

 

病気の同僚は復帰し、今は元気に仕事を頑張っている。

 

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